東京情報WEB > まちづくりと建築> 建築家・橋本文隆氏:同潤会へのオマージュ

消え行く江戸川アパートメント
建築家・橋本文隆氏(千葉大学・東海大学非常勤講師)

この記事の読者の中にも、「同潤会」という名前を聞いたことのある方は数多いであろう。大正12年の関東大震災後に、内外から寄せられた義捐金の一部を基にして、住宅建設を目的として設立された財団法人の名称である。  この同潤会は、大正13年から昭和16年にわたって、木造の普通住宅、鉄筋コンクリート造のアパートメントを始め、住宅建設経営の受託などの事業を展開した。そのまちづくり、建築計画手法は、現在の都市計画、建築計画においても数多くの学究から研究対象とされている。中でも当時としては先駆け的であった鉄筋コンクリート構造のアパートメントの建設は、白眉たる事業であった。東京14カ所、横浜2カ所、総計2,501戸にのぼるアパート群は、それぞれが個性のある集合住宅となっていたが、同潤会解散後に住宅営団や自治体に払い下げられるなどして、戦後になって各部屋が払い下げられた。

「江戸川アパートメント」は、こうした同潤会の最後の作品として、昭和9年に竣工している。知名度でこそ「代官山アパートメント」や「青山アパートメント」に劣るものの、同潤会による都市型集合住宅の成果として、その完成度は極めて高いといえる。この「江戸川」は、月給120円前後の勤労者階級を入居者像としており、8畳・6畳・6畳の3室の家族向けが標準タイプとして配置されており、加えて4室の大型と2室の独身者向けも設置されている。各戸にはラジオ、電話、スチーム、ダストシュートが設けられ、共用部にはエレベータ、食堂、浴場、理髪店、社交室(集会室)という、当時の最先端の近代設備を備えたインテリジェントアパートであった。竣工時には「東洋一のアパート」と称され、完成時260戸の募集に対し、応募は3,100名にのぼったと言われている。

「江戸川」では、敷地2,061坪の約半分を占める中庭を囲み、北に凹型の1号館(地下1階・地上6階)、南に直線型の2号館(地上4階)が井の字型に配置されている。建築面積750坪、延床面積約3,700坪の構成は、建蔽率40%弱というゆとりのある空間を生んだ。126戸の家族向け住戸は4階までに配置されており、1号館の5〜6階には「独身部」と呼ばれた個室群が並んでいた。それぞれの住戸は、広さ、形式等が多種多様である。日本の伝統的な田の字型平面、部屋が一列に並ぶ直列型あるいはL字型のもの、様式も和風、和洋折衷、洋風に分かれて実にバラエティに富んでいた。37タイプに及ぶ住戸は、それぞれ住区の枠組みの中に複雑に入れ込まれており、外観からはどこにどのタイプがあるか、理解することは不可能である。  
江戸川アパートメント内部
(105号型)
江戸川アパートメント内部
(田の字型)

中庭を彩る植栽
  「江戸川」の特徴はこうした計画の緻密さ、あるいは各部のデザインの精緻さに見ることも出来るが、その最大のものは中庭にある。都市の喧噪からアパートの住人を守るように建てられた配置によって、極めて良好な住民間のコミュニティが形成されたことは、特筆すべきことであろう。前述した豊富な住戸プランによって幅広い社会階層の人が集まり、戦時中には階段室ごとに組織された隣組制度によって、その団結が高まっていった。その原因として、都心とは思えない豊かな植栽が施された中庭が大きく寄与していることは言うまでもない。この中庭では、往事にはアパートに住む子供たちが遊び回り、そこから親たちの輪も広がった。四季折々の花を植えるための「中庭を美しくする会」という住民の部会も誕生した。こうして春にはカエル、夏には蝉時雨という、野趣溢れる中庭が形成されていった。この中庭こそ、「江戸川」に住んだ者の心のふるさとであった。

去る平成14年3月23日、区分所有法に定める権利者の承認を得て、この江戸川アパートメントの建て直しが決まり、そして、2003年7月にその取り壊しが始まった。かくして、江戸川アパートメントは70年に及ぶその生涯を閉じたのである。
このアパートで生まれ、三十数年を過ごした私は、理事として再建に関わることになった。資料を整理中に発見した竣工当時の図面や管理関係の書類は、江戸川アパートメントを後世に伝えるための貴重な記録であった。これらは内田青蔵氏(文化女子大学教授)や大月敏雄氏(東京理科大学助教授)らとともに結成した「江戸川アパートメント研究会」のメンバーたちと『消えゆく同潤会アパートメント』(河出書房新社※1)としてとりまとめ、2003年12月に上梓する。また、この書名と同じ展覧会(※2)も新宿で開催予定である。  これらを通じてより多くの人に、昭和の初めに極めて密度の高い設計がなされた江戸川アパートメントについて知っていただき、後世にその記憶を伝えていくことが私たちの役割だと考えている。
 
解体中の江戸川
アパートメントと筆者

※1 『消えゆく同潤会アパートメント』橋本文隆・内田青蔵・大月敏雄編 写真・兼平雄樹 1,700円
※2 「消えゆく同潤会アパートメント展」(入場無料)
期間:1月4日〜20日
会場:リビングデザインギャラリー
(新宿パークタワー リビングデザインセンターOZONE 電話03-5322-6500)
時間: 10:30〜18:30
連動セミナーとして1月17日に筆者と元住人で女優の坪内ミキ子氏の対談が予定されている。
(14:00〜15:30、参加費500円)

街と建築紀行
新橋界隈
八重洲
上野
秋葉原
まちづくりと建築
建築家・橋本文隆氏:同潤会へのオマージュ
中野区・豊川士朗氏:まちづくりへの提言(第一話)
中野区・豊川士朗氏:まちづくりへの提言(第二話)
中野区・豊川士朗氏:まちづくりへの提言(第三話)
中野区・豊川士朗氏:まちづくりへの提言(第四話)
交通システム
東京の鉄道の黎明
東京の地下鉄(第一話)
東京の地下鉄(第二話)
新交通システム
私説・都市辞典
都市景観・美観論争